ジョン・ディアンジェリコとは...

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John D’Angelicoは1905年に4人兄弟の長男としてニューヨークで産まれ、叔父であるバイオリン・マンドリン職人のRaphael Cianaの下、僅か9歳で見習いとして働き始めました。掃き掃除等の清掃業務から始まり、徐々に木工の基礎である削り、木材の性質など後に彼がアーチトップギターを作る為の土台を学んでいきました。その後27歳で独立しギター製作を開始、彼の叔父が亡くなった後は叔父の店を引き継ぎ管理しました。全ての作業をほとんど1人で熟していた彼の素晴しい作品は口コミで広がり続け、2~3名だった顧客は徐々にその数を増やしていきました。また彼は友好的で人柄も良く、常に友人や家族、顧客を大切にしていました。その結果、幾つかの大手会社から仕事の誘いがありましたがお金を稼ぐ事よりもD’Angelicoの名の下、ギターを制作する事、多くのミュージシャンの要望に応えたギターを提供する事を喜びと感じていた為、断り続けていました。そういったハンドメイドのギターを1年間に約30本作成し、1964年までに1,164本のギターを制作しました。特にニューヨーカーモデルは洗練したジャズギターとして完成度が最も高く、再生産の始まった1988年、ババリーニ氏(下記参照)が秘蔵所有していたニューヨーカーのオリジナルギターを娘のキャロルに持たせて日本の椎野(下記参照)に新たな設計のモデルとして解析と検証を依頼したほどである。

ブランドの継承

Jerry

John D’Angelicoの死後、D’Merle Guitarsが彼のブランドを引き継ぐ事になりました。D’Merle Guitars の所有者であったJerry Barberineは生前John D’Angelicoと共に仕事をしており、D’Angelicoのブランドを蘇らせる為、長年中止していたギター生産を再開する事にしました。弦職人であったJerryは弦の製造に関しては世界的に有名なハープ奏者やギター奏者から絶大な支持を得ていましたが長年ギター生産に携わっていなかった為、ギターの製造の知識や財政資源等の欠如により、製造が思わしくなく成功しませんでした。さらにブランドや販売の問題で多くの商売人からの不幸な問題に悩まされ、重なる辛い日々を送っていました。

ニューヨークから日本へ

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1970年、日本の椎野秀聰がギター弦に使用する材を調達する為、アメリカのイタリア系弦メーカーとの打ち合わせにナムショーで会談した1人がJerry Barberineでした。それ以来、意気投合したJerry Barberineと椎野は弦の販売やビジネスなどNAMM showやMesse Frankfurt等の展示会で親交を深めアメリカやヨーロッパを訪れる際は必ずと言ってよいほどJerry Barberineが椎野のブースを訪れ友情を深めていきました。それから数年たった1988年、D'Merle GuitarsとD'Angelico guitarを所有しているJerry Barberineは事業の資金が窮乏する中、立て直しの為、椎野にD’Angelicoのレプリカモデルの制作を依頼し、D’Angelicoギターに関連するブランドと意匠権を譲渡、存続を依頼しました。すぐに椎野は商標権と意匠権をまず日本で取得し、アメリカでの申請をしました。

椎野秀聰とは...

Hidesato_Shiino

椎野秀聰は1947年に生まれ1969年に日本楽器製造株式会社(現ヤマハ)入社以降40余年、楽器の設計、製作、それらに加え楽器に関わる幅広い仕事に携わってきました。その楽器に対する情熱はギターだけに留まらず、バイオリン、ピアノ、レコーディング機器、音響機器、DJ機器など多岐に渡り、携わってきたブランドは50社以上、(Vestax, ESP, Yamaha, Fernandes, Greco, Morris Guitar, H.S. Anderson (Designer), Vesta Graham, Bossaxe, Argus, Campbell, Mashroom Guitar, TASCAM,Akai, and D'Angelico.)その中にGibsonやFenderの品質管理も含まれています。数々の著名な弦楽器のルシアーを自ら訪問し得た経験により、椎野が設計や製作したギターは世界の著名な音楽家に愛用されてきました。弦楽器の歴史の探求と楽器の音作りに魅せられて世界を歩く日々を送りながら常に新しい製品を世に送り出し、音楽を愛し演奏家の為の楽器を作るという考えを貫いてきました。John D’Angelicoと同じくブランドの拡大より本物のモノづくりに情熱を注いでおり、現在も常に高品質で美しい製品をこの世に送り出しています。

日本から世界へ

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椎野は1989年からD’Angelicoのレプリカモデルの製作を開始しました。ただレプリカモデルを製作するだけでなく現在のギタープレーヤー向けの改良を施し、これまでの設計経験と音作りの知識で品質、音質をより向上させる事に成功しました。完成したD’Angelicoギターは1989年プロトタイプを製作してからアメリカのNAMM showやドイツのMesse Frankfurtで展示販売を開始、現在までにアメリカとカナダで約900本、ドイツイングランドスウェーデンフランスイタリアオランダで約330本、日本で約1,800本の合計約3,000本販売されています。改良されたD’AngelicoギターはさらにセミソリッドのSSモデルをはじめアコースティックギターや7弦ギター、12弦ギターなど意欲的に高級な新製品を発売し、瞬く間にプロのジャズミュージシャンやギター愛好家から高い評価を獲得し、現在も多くの人々に愛され続けています。
(写真は1998年3月14日、フランクフルトメッセのVestaxブース内でアンジェリコを演奏しているPhil)

守られるべき伝統

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“TRAD”とは伝統を意味するTraditionの略です。創業者であるJohn D’Angelicoはギター製作を楽しみながらそれぞれの顧客の要望に応えていました。少人数でギター製作する事を基にし、不必要にブランドを大きくしようとはしませんでした。Jerry Barberineもその伝統を守っていました。我々の使命はJohn D’AngelicoやJerry Barberineがそうしてきたように生涯愛用出来るようなギターを製作し、演奏家のための信頼できるツールになれるようなギターを提供することです。残念ながら2002年にアメリカの販売代理店(当方の許可でアンジェリコUSAという名称でディストリビューションをしていた会社)がパリ条約に反し、アメリカでのブランド申請を行い、韓国や中国のOEM工場での生産を開始しました。これらコピー製品との混乱を避ける為、アメリカやEurope他の諸外国に対するギターの出荷を中止し、 長い損害賠償裁判を申し立て争ってきましたが本物のギターを愛するプレーヤーからの熱望があり、海外の方へもネットによる販売を開始しますので日本からメイドインジャパンの納得のいく当社のアンジェリコギターを是非お求めください。